INTERVIEW

IKUO

取材/文:なるまゆか   公開日:2014.02.28

BULL ZEICHEN88、Rayflower、ザ・チョッパーズ・レボリューションで活動、またT.M.Revolitionのサポートメンバーとしても知ら れるベーシスト、IKUOが、ソロアーティストとしての活動10周年を経てソロアルバムを作り上げた。ジャンルの垣根なしに積み重ねたキャリアを凝縮させ た本作は、「R.E.D. ZONE」というタイトルに相応しいIKUOの生き様ともいえる濃厚な1枚だ。

INTERVIEW > IKUO  (1/4)

「1人でやってきたプライド」

―― ソロで活動を初めて10年が経ったということですが、IKUOさんのキャリアはバンドでのスタートでしたね。

96年にEx-iTというバンドでメジャーデビューして、それからもう18年経ちますね。

―― いわゆる音楽バブルといわれる時代にバンドでデビューして。

そうですね。でも上手くいかずに解散して98年に新しくLapis Lazuliというバンドを組んだんです。Lapis Lazuliもはじめはメジャーでやっていたけど契約が終了してそこからはインディーズで活動しました。当時は今みたいにインディーズのムーヴメントが盛んではなくてメジャーでレコード会社からCDを出すのが普通だったけど、とにかくやってみようと。それに当時はヴィジュアル系のムーヴメントが盛んで。

―― 90年代後半はたくさんのヴィジュアル系バンドが出てきた時代でしたね。

あの頃のヴィジュアル系のムーヴメントって本当にすごかったんですよ。その流れに乗るようにLapis Lazuliもヴィジュアル系に寄ったんです。

―― ヴィジュアル系に寄せた理由というと?

動員が欲しかったのが一番の理由ですね。メジャーとかインディーズとかそういうフィールド関係なしにコアなファンがいるシーンだったし、そういうコアなファンが僕らにはいなかったから。同期のヴィジュアル系に比べたらテクニック的にはベテランの域になっていたけど、当時のヴィジュアル系のムーヴメントに乗ってたくさんのバンドと対バンして地道にファンを増やしました。

―― バンドで活動しながらIKUOさんは2003年にソロデビューをしました。このきっかけは?

最初は「テニスの王子様」の主題歌を書いてみないかという話からだったんです。その前にもJAM Projectに参加して奥井雅美さんのサポートをやったりしてアニメの仕事をよくしていたんですけど、そこからテニプリ作品に関わるようになって。作家として「テニスの王子様」の主題歌の2作目、3作目を作って、次の4作目を作るときにそれまでは作家としてだったのが、「歌ってみない?」という話になったんです。デモテープに入れていた僕の仮歌を聴いて「歌えるじゃないか」と。思わぬところからのソロデビューで(笑)。

―― 歌うという選択肢はIKUOさんの中には全くなかったんですか?

なかったですね。歌は好きだけどヴォーカルとして何かしようとは思ってなかったし、作品ができたときにアーティスト名が「IKUO」って出ることが不思議で仕方なくて。バンド名かサポートとして出ることしか想定してなかったから、自分の名前がドーンって出ることに違和感がありましたね。「俺、そんな器じゃないよ」って(笑)。

―― その後バンドは解散を迎えたわけですが、解散後はどのように音楽を続けていこうと思いましたか?

バンドをやりたい気持ちがあったけど、新しくメンバーを探してゼロからスタートする体力がなくて。そこで考え方が変わってベーシストだけど1人で色々なことをやってみようと思ったんです。

―― ソロでやっていくことに不安はなかったですか?

バンドと違って1人だと全部が自分の責任だし、誰も守ってくれないじゃないですか。バンドだとメンバー以外にもマネージャーやプロモーター、そういう周りのスタッフがいてこのバンドをどう動かしていくか、どう売っていくか、そういう戦略会議があったりしたけどソロになったらそういう人たちがいない。自分だけでどうしていくか考えなければいけないし、判断しなければいけない。正直不安もありましたけど、1人でやる覚悟を決めたんです。

―― 腹を括ったわけですね。

うん。そのとき一番に思ったのは個性的でありたいということだったんです。個性ってもちろんプレイもそうだけどわかりやすいのは見た目じゃないですか。だから僕は覚悟の表れとして髪を赤くしたんです。

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